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​引っ越し

「っと、ここ、かな」
 風呂敷包みを手に、ユリンはとある建物の前に立っていた。オセロ・アパートメント。古めかしい五階建ての建物は、その周りだけ別の時代のようだ。
 このところ、ねぐらにしていた廃屋の劣化が激しくなっていたこともあり、また懐にも余裕はあるからと、知り合いに、どこか部屋を貸してくれるところはないかと聞いたところ、紹介されたのがこのアパートメントだった。
 ユリンとしては屋根があって寝られればいい、程度の考えだったのだが、紹介されたアパートの瀟洒な外観に、思わずユリンの口が開いた。
「……やぁ、おはよう。こんな早くから、住人の方に面会かな?」
「あ、おはようございます。えーと、入居希望、なのですが」
 玄関の広間にいた、どこか浮いている礼装姿の男が、ユリンに声をかける。慌てて挨拶を返し、入居希望だと伝えると、男が一つ頷いた。
「あぁ、話は聞いているよ」
 ようこそ、と迎え入れられて、ユリンもよろしくお願いします、と頭を下げた。
 ユリンの新しい住居は、三階の一室だった。ベッドと暖炉が備え付けられた部屋の隅に風呂敷包みを置き、ベッドに腰掛ける。
 ベッドは柔らかい。その柔らかさが珍しく、ぽんぽんと手で叩いてみる。
 これまでは寝るとしても布団の上だった。ベッドで寝たことなど、数えるほどしかない。
 ぐ、と伸びをして、ベッドに横になってみる。
 ふかふかのベッドは心地よく、前夜、流しをしていて夜更かししたこともあって、そのままユリンは眠りに落ちていた。
 昼近くなって目を覚ます。金網を開けようと伸ばした手が空を切り、眠気の残る目を擦りながら周りを見回す。
 少し経って、ここが新しい部屋だと思い出した。ベッドの上で起き上がり、ぐるりと部屋を見回す。
 備え付けの家具以外は何もない部屋は、がらんとしてどこかうら寂しい。ユリンが持ってきた風呂敷包みにも、財布と手帳、少しの着替えと装身具が包んであるだけで、部屋を飾るようなものはない。
(そのうち、何か買ってみようかな)
 さしあたり、何がいるだろうか。十八年、普通の部屋というものに縁がなく、ここにきてからも寝る以外のことを外ですませていたせいで、そんなことすら分からない。
(今度、誰かの部屋にお邪魔させてもらおうかな)
 そうと決めると、ベッドの上で思い切り伸びをしたユリンは、もうひと眠りすることにした。夜までは、まだ長い。

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