怪異曲
「怖い話をしようよ」
そう言いだしたのは、誰だっただろうか。
雨風にさらされた廃屋の中で、子供が円くなって座っていた。
ナーヴェール、コリン、ハワード。子供たちは、どこか期待するような、不安がるような、そんな顔を見合わせている。
明かりと言えば、硝子のない窓から差し込む外の明かりだけ。
「それじゃ、俺から話すぞ」
ナーヴェールが、まず口を開いた。
【ナーヴェールの話】
何年か前に、コンコルディアにいた家族の話だ。その家では親の仲が悪くって、毎日喧嘩してたんだって。
そんである日、とうとう父親が母親を殺しちゃったんだ。
死体は夜の内に隠してしまって、次の日起きてきた子供には、母親は出て行ったってごまかしたんだ。
でも、それから一週間経っても、一ヶ月経っても、子供は母親について、なんにも聞かないんだ。
初めは安心してた父親も、だんだんそれが気味悪くなってきて、とうとう、子供に聞いてみたんだ。
「何か、お父さんに聞きたいことはないかい?」
そしたら、子供はこう言ったんだ。
「お父さん、どうして、お母さんをおんぶしてるの?」
【コリンの話】
昔、コンコルディアにあったっていう学校での話だ。その学校には子供たちが住む寮があって、その寮には、警備員がひとりいた。
ただ、この警備員は、夜中に寮を見回ったあと、絶対に寮から出て、どこかに行くんだ。
ある夜、子供たちのひとりが、こっそり部屋を抜け出して、警備員の後をつけたんだ。
その警備員は、学校から離れて、墓地に行くと、素手で土を掘り始めたんだ。
墓地だから、当然、死体が埋められてるよな? 警備員は、まだ新しい死体を掘り出すと……食べ始めたんだ。
驚いた子供は、急いで寮に戻ろうとしたんだけど、そのときに、音を立ててしまったんだ。
音に気付いた警備員は、血だらけの顔で振り返った。
子供は急いで逃げ出したんだけど、明らかに子供は追って来てた。
走って寮に戻った子供は、そのままトイレに飛び込んだ。
鍵をかけて、しばらくじっとしていると、足音が近くなってきた。 コン、コン、とノックの音がして、キィ、と一番手前のトイレのドアが開く音がした。
足音と、ノックの音はだんだん近くなってきて、ついに、子供の隠れているトイレのドアがノックされた。
コン、コン。
ドアがガタガタ揺れて、それから何も聞こえなくなった。
いなくなったんだ、と思った子供が、ふと上を見ると、トイレのドアの上から、その警備員が、子供を睨みつけていたんだって……。
【ハワードの話】
四区の、とある路地は、真夜中に通っちゃいけないんだって、知ってる?
そこを通ると、子供に足を引っ張られるんだって。
その近くには、昔、病院があったんだけど、その病院では、よく子供がいなくなったんだって。
あるとき、生まれたばかりの赤ちゃんが、その病院でいなくなったんだ。
それに怒った親は、とうとうおかしくなってしまって、あるとき、病院にいた人間を、全員殺してしまった。
それ以来、後に誰かが来ることもなく、病院は潰れてしまったんだけど、あるとき、ある人が病院の地下を調べたら、子供の骨がいっぱい出てきたんだって。
今はもうその病院もないんだけど、病院があった場所とそこに行く路地には、今でも子供の幽霊とか、殺された人の幽霊が出るんだってさ。
【???の話】
わたしの話は短いの。
前にもね、こうやって部屋の中に四人で集まって、怖い話をした人たちがいるんだって。
ひとりひとり、怖い話をしていって、ひと回りしたとき、誰かが気が付いたの。
ひとり多い、って。
みんな知ってる顔で、ひとりも知らない人なんていないはずだったのに、何回確認しても、ひとり増えてるんだって。
でも、だれが増えたのか、それは誰にも分からなかったんだって。
最後の話が終わったあと、部屋の中は、しん、と静まり返っていた。
どれも知っている顔だのに、おかしな気分がするのはなぜだろうか。
ちらり、横目でめいめいが、他の顔を数える。
時計回りに、ひとつ、ふたつ、みっつ。
ひとり、多い。
わっとひとりが叫び、子供たちは弾かれるように外へと駆けだす。
走って走って、廃屋が見えなくなって、ようやく三人の足は止まった。
「なあ、最後の話、誰がしたんだ?」
ナーヴェールの問いに、コリンとハワードがそろって首を振る。
三人の背を、ひやりとしたものが伝い落ちた。
次の話